
相続の「イロハ」:大切な人を亡くした時に知っておくべきこと
相続は、人が亡くなった時にその人の財産や権利義務を、特定の人が引き継ぐことです。これは誰にとってもいつか直面する可能性のある問題でありながら、法律や手続きが複雑なため、いざその時を迎えると戸惑う方も少なくありません。
ここでは、相続の基本的な流れから、知っておくべき重要なポイントまで、「イロハ」として分かりやすく解説します。
ステップ1:相続の始まりと最初の対応
相続は、被相続人(亡くなった人)が死亡した時に始まります。まず、最も重要なのは被相続人の死亡を公的に証明する死亡診断書や死亡届の提出です。死亡届は通常、死亡を知った日から7日以内に市区町村役場に提出する必要があります。これによって、住民票が抹消され、各種公的サービスの手続きが可能になります。
この段階では、葬儀の手配や関係者への連絡など、多くの対応に追われることでしょう。しかし、相続手続きの準備も、この時点から少しずつ始めることが大切です。具体的には、被相続人の生命保険証券、預貯金通帳、不動産の権利証などの重要書類の有無を確認し、保管場所を把握しておきましょう。
ステップ2:相続人の確定
誰が相続人になるかは、民法で厳密に定められています。これを法定相続人と言います。
常に相続人となるのは配偶者です。配偶者がいれば、以下の順位の人が相続人になります。
- 第一順位:子 実子だけでなく、養子も相続人になります。 子が既に亡くなっている場合は、その子(被相続人の孫)が相続人になります。これを代襲相続と呼びます。 胎児も、生まれてくれば相続人となります。
- 第二順位:直系尊属(父母、祖父母など) 子や孫がいない場合に相続人となります。 父母が存命であれば父母が相続人となり、父母が共に亡くなっていれば祖父母へと順位が上がります。
- 第三順位:兄弟姉妹 子や孫、直系尊属がいない場合に相続人となります。 兄弟姉妹が既に亡くなっている場合は、その子(被相続人の甥や姪)が相続人になります(代襲相続)。
法定相続分とは?
法定相続分とは、民法で定められた相続人が受け取るべき財産の割合です。
- 配偶者と子の場合:配偶者が2分の1、子が2分の1(子が複数いる場合は均等に分ける)
- 配偶者と直系尊属の場合:配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1(複数いる場合は均等に分ける)
- 配偶者と兄弟姉妹の場合:配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1(複数いる場合は均等に分ける)
- 子のみの場合:子が全てを均等に分ける
- 直系尊属のみの場合:直系尊属が全てを均等に分ける
- 兄弟姉妹のみの場合:兄弟姉妹が全てを均等に分ける
相続人を確定するためには、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍謄本・改製原戸籍謄本を含む)、そして相続人全員の戸籍謄本などが必要になります。これらの書類を収集し、相続関係図を作成することで、誰が相続人かを明確にしていきます。この戸籍収集は非常に手間と時間がかかる作業です。
ステップ3:相続財産の確定と評価
相続財産には、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も含まれます。相続が発生したら、まずは被相続人の財産がどれくらいあるのかを正確に把握することが重要です。
プラスの財産(積極財産)の例
- 現金・預貯金:銀行、信用金庫、ゆうちょ銀行などの預金。通帳やキャッシュカード、金融機関からの郵便物などを確認し、取引のある金融機関を特定します。残高証明書の発行を依頼しましょう。
- 不動産:土地、建物、マンションなど。固定資産税の納税通知書、権利証(登記済証、登記識別情報)、登記事項証明書などを確認します。
- 有価証券:株式、投資信託、債券など。証券会社の取引報告書や口座残高を確認します。
- 自動車:車検証で所有者を確認します。
- 貴金属・骨董品・美術品:価値があるものか鑑定が必要になる場合もあります。
- ゴルフ会員権、貸付金:権利や債権も財産に含まれます。
- 生命保険金・死亡退職金:受取人が指定されている場合、原則として遺産分割の対象とはなりませんが、相続税の計算には含まれる場合があります。
マイナスの財産(消極財産)の例
- 借金・ローン:住宅ローン、自動車ローン、カードローン、消費者金融からの借入など。契約書や請求書を確認します。信用情報機関に照会することもできます。
- 未払金:未払いの税金、公共料金、医療費など。
- 保証債務:被相続人が他人の借金の保証人になっていた場合、その債務も相続の対象となります。
これらの財産をリストアップし、それぞれの評価額を算出することで、相続財産の全体像が見えてきます。特に不動産や非上場株式など、評価が難しい財産については専門家(不動産鑑定士、税理士など)に依頼することをおすすめします。
ステップ4:遺言書の有無の確認と検認
被相続人が遺言書を残しているかどうかを確認することは非常に重要です。遺言書は、被相続人の意思を示す法的な書類であり、原則として法定相続よりも優先されます。
遺言書の種類
- 自筆証書遺言:被相続人が全文、日付、氏名を自筆で書き、押印したもの。
- 発見した場合の注意点:家庭裁判所での「検認」手続きが必須です。封印された遺言書は、開封せずに家庭裁判所に提出しなければなりません。検認を経ずに開封したり、遺言書の内容を実現しようとすると、過料が科される可能性があります。これは、遺言書の偽造や変造を防ぎ、その存在を公的に明確にするための手続きです。
- 2020年からは法務局における遺言書保管制度も始まり、自筆証書遺言を法務局に預けることで、検認が不要となり、紛失や偽造のリスクも低減できるようになりました。
- 公正証書遺言:公証役場で公証人が作成するもの。証人2人以上の立ち合いが必要で、最も確実な遺言書とされています。
- 特徴:公正証書遺言は、検認の必要はありません。公証役場に原本が保管されているため、紛失の心配もありません。
- 秘密証書遺言:内容を秘密にしたまま、存在を公証してもらうもの。内容の有効性は保証されず、検認が必要です。

遺言書が見つかった場合、その内容によってその後の手続きの進め方が大きく変わるため、まずその有効性を確認し、必要であれば専門家に相談しましょう。
ステップ5:相続方法の選択(3ヶ月の熟慮期間)
相続人は、相続財産の状況に応じて、以下の3つの選択肢から相続方法を選ぶことができます。これは、被相続人が死亡したことを知った日(通常は死亡日)から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し立てる必要があります。
- 単純承認:被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も、全て無制限に引き継ぐ方法です。特に手続きをしなければ、自動的に単純承認したとみなされます。プラスの財産が明らかに多い場合や、借金がないと確信できる場合に選択されます。
- 相続放棄:被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も、一切引き継がない方法です。借金が明らかに多い場合や、特定の相続トラブルに関わりたくない場合などに選択されます。家庭裁判所に申し立てて行います。一度放棄すると原則として撤回できません。
- 限定承認:被相続人のプラスの財産の範囲内で、マイナスの財産を弁済する方法です。例えば、借金がいくらあるか不明な場合や、不動産など特定の財産を残したいが借金もある場合に有効です。家庭裁判所に申し立てて行いますが、相続人全員で申し立てる必要があるため、ハードルが高い選択肢です。
この3ヶ月の期間は「熟慮期間」と呼ばれ、非常に重要です。特に借金が多いことが予想される場合は、早めに相続財産の調査を行い、専門家(弁護士や司法書士など)に相談することをおすすめします。期間を過ぎると単純承認したとみなされ、すべての債務を引き継ぐことになります。
ステップ6:遺産分割協議
遺言書がない場合や、遺言書があっても遺産分割協議が必要な部分がある場合、相続人全員で遺産分割協議を行います。これは、誰がどの財産をどれだけ相続するかを話し合いで決めることです。
- 全員参加の原則:相続人全員が参加しなければなりません。一人でも欠けていると、その遺産分割協議は無効となります。相続人の一員に未成年者がいる場合は、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
- 合意の原則:相続人全員の合意が必要です。一人でも反対する者がいれば、協議は成立しません。
- 協議書の作成:協議がまとまったら、その内容を記した遺産分割協議書を作成します。この協議書には、相続人全員が署名し、実印を押印します。この遺産分割協議書は、不動産の名義変更や預貯金の払い戻しなど、今後の様々な相続手続きで必須となる重要な書類です。
- 10年経過による遺産分割の原則変更(2023年4月1日施行):相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、原則として特別受益(生前贈与など)や寄与分(被相続人の財産増加への貢献)を考慮せず、法定相続分によって画一的に行われることになりました。これは、遺産分割が長期間放置されることで、これらの要素に関する証拠が散逸し、紛争が長期化するのを防ぐためです。
話し合いでまとまらない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることができます。調停委員が間に入って話し合いを仲介し、合意形成を目指します。それでも解決しない場合は、遺産分割審判に移行し、最終的には裁判官が判断を下します。
ステップ7:相続財産の分配と名義変更
遺産分割協議書に基づいて、実際に財産を分配し、名義変更を行います。
- 預貯金:金融機関に遺産分割協議書や相続人全員の印鑑証明書などを提出し、払い戻しや名義変更の手続きを行います。金融機関によっては、所定の書式や戸籍謄本などの提出も求められます。
- 不動産:法務局で相続登記を行います。2024年4月1日からは相続登記が義務化されました。相続で不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。
- 過去に相続が発生していた不動産も対象となり、2027年3月31日までに登記が必要になる場合があります(2024年4月1日または相続で不動産を取得したことを知った日のいずれか遅い日から3年以内)。
- 「相続人申告登記」という簡易な制度も新設され、とりあえず相続登記の義務を果たすことはできますが、不動産の所有権を第三者に対抗するには通常の相続登記が必要です。
- 自動車:運輸支局で名義変更を行います。
- 有価証券:証券会社で名義変更を行います。
これらの手続きには、それぞれ必要書類や手数料(登録免許税、自動車税など)がかかりますので、事前に確認が必要です。
ステップ8:相続税の申告と納税
相続税は、相続によって取得した財産(プラスの財産からマイナスの財産を差し引いたもの)が、一定の金額(基礎控除額)を超えた場合に課税されます。
- 基礎控除額の計算式:3,000万円+(600万円×法定相続人の数)
- 例えば、法定相続人が3人の場合、基礎控除額は 3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円 となります。相続財産がこの金額以下であれば、相続税はかからず、申告も不要です。
- 申告と納税の期限:被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヶ月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する税務署に申告・納税する必要があります。
- 主な特例と控除:
- 配偶者の税額軽減:配偶者が相続する場合、一定の範囲内で相続税がかからないという大きな特例です。
- 小規模宅地等の特例:被相続人が住んでいた宅地などについて、一定の要件を満たせば評価額を大幅に減額できる特例です。
- その他、未成年者控除、障害者控除などがあります。
相続税の計算は非常に複雑であり、各種特例や控除を適用することで税額が大きく変わる場合があります。申告漏れや誤りがあると、延滞税や加算税などの追徴課税の対象となる可能性もあるため、相続税が発生する可能性のある場合は、税理士に相談することをおすすめします。
その他の重要な制度変更点
近年、相続に関する民法や関連法規の改正が相次いで行われました。特に重要な変更点をいくつかご紹介します。
- 配偶者居住権の新設(2020年4月1日施行):被相続人の配偶者が、住み慣れた建物に引き続き居住できる権利が保護されるようになりました。これにより、配偶者の居住権と他の相続人の遺産取得のバランスが考慮されます。
- 預貯金の払戻し制度の見直し(2019年7月1日施行):遺産分割協議が成立する前でも、一定額までは法定相続人が単独で被相続人の預貯金を引き出せるようになりました。これにより、葬儀費用や当面の生活費などに充てることが可能になりました。
- 遺留分制度の見直し(遺留分侵害額請求権)(2019年7月1日施行):遺留分を侵害された相続人は、金銭での請求が可能になりました。これにより、現物による返還を求める必要がなくなり、遺留分に関するトラブルの解決が円滑になりました。
- 特別寄与の制度の新設(2019年7月1日施行):相続人ではない親族(例:長男の妻など)が、被相続人の療養看護などに無償で貢献した場合、その貢献度に応じた金銭(特別寄与料)を相続人に対して請求できるようになりました。
これらの改正点は、相続手続きに大きな影響を与えるため、最新の情報を把握しておくことが重要です。
相続に関する専門家への相談
相続は、個々のケースによって事情が大きく異なります。以下のような場合は、専門家への相談を検討することをおすすめします。
- 相続人が多数いる、または複雑な相続関係にある場合:戸籍調査や相続人の特定に手間がかかる可能性があります。
- 相続財産に不動産が多く含まれる場合:評価や名義変更の手続きが複雑です。特に2024年4月からの相続登記義務化により、適切な手続きが求められます。
- 多額の借金がある、または不明な負債がある場合:相続放棄や限定承認の検討が必要です。
- 相続人同士の仲が悪い、遺産分割協議が難航しそうな場合:弁護士が間に入って調整することで、トラブルを未然に防いだり、解決に導いたりできます。
- 相続税の申告が必要な場合:税理士に相談することで、適切な税額計算や節税対策が可能です。
- 遺言書の作成を考えている場合:専門家のアドバイスを受けることで、有効な遺言書を作成し、将来のトラブルを避けることができます。
相続は、故人の遺志を尊重し、残された家族が新たな生活を始めるための大切な手続きです。この「イロハ」が、皆さんの相続に関する理解の一助となれば幸いです。
相続問題に直面した際は、一人で抱え込まず、早めに専門家(弁護士、司法書士、税理士、行政書士など)に相談することで、スムーズかつ円満な解決に繋がるでしょう。特に、戸籍収集、遺産分割協議書の作成、不動産以外の財産の名義変更など、煩雑な書類作成や手続き代行は行政書士の得意分野です。
ご自身のケースで、どの専門家に相談すべきか迷われた際には、まずは最初のステップとして行政書士にご相談いただくのも良いでしょう。
行政書士寺村事務所は、みなさまのお気持ちに寄り添い、ベストな選択肢となるように、アドバイスをさせていただきます。どうぞ、お気軽にご相談いただきますよう、お願い申し上げます。